66-12.イギリスでは紀元前から湖沼鉄を製錬した [66.弥生時代に製鉄はなされたか?]
古代日本で製錬された原料は砂鉄か磁鉄鉱で、褐鉄鉱の製錬滓のデータは皆無である。ヨーロッパでは褐鉄鉱の一種の湖沼鉄(Bog Iron)が広く分布し、製鉄の原料として用いられている。18世紀に産業革命を起したイギリスは、紀元前から製鉄が行われていて、各所から古代の鉄滓が出土しており、Dr.T.P.Young氏らによって分析がなされている。私が集めた鉄滓の分析データは湖沼鉄の製錬滓で、生産年代は●BC3C~4C)、●AD1C~4C、●AD9C~14Cのものである。私の製錬滓の判別が通用するか、製錬滓の分析データから横軸を鉄の成分%(T・Fe)とし、横軸をTiMn指数として分布図を作成した。Z283に見られるように、紀元後の製錬滓のデータは、ほぼ製錬/鍛冶直線の上の領域にあり、私が定めた製錬滓の領域と同じである。しかし、紀元前の製錬滓データの多くは精錬滓の領域にあった。
イギリスと日本の製錬滓の大きな違いは、日本の砂鉄・磁鉄鉱の製錬滓の鉄の成分(T・Fe)は、そのほとんどが50%以下であるのに対して、イギリスの湖沼鉄の製錬滓は、紀元前・紀元後共に50%以上のものが多いということだ。私は製錬滓に含まれる(CaO+MgO)の値に注目し、日本の●砂鉄・●磁鉄鉱の製錬滓とイギリスの▲湖沼鉄の製錬滓とを比較しZ284に示した。グラフを見やすくするために(CaO+MgO)の値は平方根にしている。イギリスの湖沼鉄の製錬滓で鉄含有量(T・Fe)が50%以上では、(CaO+MgO)の含有量が少ないことが分かる。
鉄の製錬における反応は複雑であるが、その根本はFeOとSiO2の反応であり、その状態図をZ285に示す。鉄滓には必ず含まれている物質が、1205℃で溶融するファイヤライト(Fe2SiO4)で、2FeO・SiO2とも表記され、T・Feは55%である。鉄の製錬におけるFeOとSiO2の反応は、状態図において"A"(T・Fe:48%)と、"C"(T・Fe:60%)のAC間で行われている。イギリスの製錬滓でT・Feが50%から60%ものが多いということは、古代の湖沼鉄の製錬ではファイヤライトが溶融し、スラグとして排出されたからである。
日本の砂鉄・磁鉄鉱の製錬滓のT・Feは、ほぼ48%以下である。これは状態図Z285の"A"より左側で反応が行われたのでなく、SiO2がFeO以外の酸化物と反応して、スラグが出来たということになる。CaOとMgOはFeOとSiO2の反応を阻害する働きがあり、これらの多い原料は鉄成分(T・Fe)の少ないスラグが生成されると考える。現在の高炉による製錬で石灰を入れるのは、この性質を利用して鉄がスラグの中に含まれないようにして、鉄の収率を上げているのであろう。
イギリスの紀元前の湖沼鉄の製錬では、経験からMnO・TiO2・CaO・MgOの少ない原料が選定され、低温で直接製錬が行われ塊錬鉄(iron bloom)が作られた。製錬滓はファイヤライトが中心で、MnO・TiO2が少ないことから精錬滓の領域に入っている。イギリスの紀元前の湖沼鉄の製錬滓●と、日本の精錬滓(砂鉄■、磁鉄鉱■)を比較した。Z286に示すように、MnO・TiO2・CaO・MgOの合計が2.0%(目盛1.4)以下であれば、例え精錬滓の領域にあっても製錬滓といえることが判った。