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30-9.ソーダ系ガラスの科学 [30.ガラス素材は弥生時代から造っていた]

ガラス状遺物を出土した土壙が24遺構も出土しているにも関わらず、弥生時代の百間川遺跡がガラス生産遺跡と認められていないのは、ガラスを溶融したと思われる坩堝が出土していないからだろう。奈良文化財研究所の肥塚隆保氏は『古代珪酸塩ガラスの研究』の中で、「ガラスの製造は原料物質の選定から原料を溶融する坩堝の製造、高温度を長時間維持できる技術など高度の技術が必要であることは言うまでもない。少なくとも須恵器や陶器の製造が可能な技術は必要である。」と述べている。日本でガラス素材の製造が始まったのは、古墳時代終末期の奈良飛鳥池遺跡で製造された鉛ガラスからというのが、ガラスの考古学での定説である。 

G83 Na20-Sio2状態図.jpg私は前章でカリガラスも、ソーダ系ガラスも素材の段階から日本で作ったと述べて来た。しかし、それらは素材の原料が弥生・古墳時代の日本で調達出来たという検証であって、ガラス素材の製造が技術的に可能であったかどうかを明らかにしていない。この章では弥生時代に、ソーダ系ガラス素材の溶融が、技術的に可能であったということを証明したい。
 

図G87は
SiO2 -Na2Oの状態図である。縦軸の数字は温度を表わし、横軸の数字はSiO2の成分比を表わしている。例えば数字の80は、SiO2が80%でNa2Oが20%である。白色は液相(液体状態)を表わし、緑色は固相(固体状態)を表わしている。黄色は液相と固相が混じりあった半溶融状態である。白色の液相を見ると、SiO2が100%の時は1700
℃で溶融するが、
SiO2が75%でNa2Oが25%の時は790
℃で溶融している。
 

G84 半溶融ガラス.jpg古代のソーダ系ガラスの組成は、
SiO2Na2Oの成分のみで見ると赤線の所で、SiO2Na2O=80:20の割合である。この組成は1200℃で溶融し、1200~790℃までが液相と固相、790℃以下が固相である。古代人は790℃で完全に溶融するSiO2Na2O=75:25を知らなかったのではなく、液相と固相が混じりあった半溶融状態の温度範囲が広く、容易く成形が出来る組成を選んでいる。ガラス職人がパイプの先に溶けたガラスを巻き付け、息を吹き込み膨らませたあと、色々な形状を作っている映像を見る事があるが、まさにこの温度領域での作業である。 

SiO2
Na2O=80:20の赤線の組成を900℃まで加熱した時は、左の緑線が固相の割合(16%)で、右の白線が液相の割合(84%)である。この状態のものを固相まで冷却し組織を見ると、融けなかった石英の結晶(SiO2)が16%、融けて細かく分散しているSiO2が26%、そしてSiO2Na2Oの化合物Na2Si2O5が58%であり、900℃の加熱でガラス化が84%も進んでいることが分かる。本来ならば1700℃でしか溶融しない石英が、900℃で80%も融けることを理解いただければ、ソーダ系ガラス素材が日本で作られた可能性があると認めていただけると思う
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