27-12.稲作とカリガラス [27.古代ガラスの源流を探る]
カリガラスの発見がなされた後、籾殻灰の入ったシャモットの代りに、石英の砂が使われるようになったと考える。下記には稲藁灰と石英砂が同量、灰汁が2倍として計算した。なお石英砂には不純物として長石が混ざりアルミナ(Al2O3)が3%混入していると仮定した。その値とバンドンタペットのビーズ(n=13)、中国カリガラス(n=12)の成分と比較した。
SiO2 Na2O K2O CaO MgO Al2O3
藁灰+灰汁x2+砂 78% 1.4 % 16% 1.4% 0.8% 1.8%
バンドンタペットG 73% 0.7% 17% 3.5% 0.5% 1.1%
中国カリガラス 76% 0.4% 14% 1.8% 0.6% 3.6%
タイのバンドンタペットと中国のカリガラスの成分は、稲藁灰・灰汁・砂(石英)を原料にして作られたと考える。そのレシピ?を考えてみた、「稲藁灰を甕に入れ掻き混ぜながら加熱し、アルカリ成分を抽出する。浮遊物を除去し、上澄み液(灰汁)を別の甕に取る。稲藁灰と細かく砕いた砂(石英)を灰汁の入った甕にいれ、浮遊物を除去しながら加熱し、灰に湿り気が残る程度まで蒸発乾固させる。冷却後、それらから団子を作り、十分乾燥させた後、野焼き(800℃)で焼成する。それを粉砕し粉(フリット)にして、坩堝に入れて1000℃以上に加熱し、溶解したら鋳型に鋳込む」。このレシピでどんなガラスが出来るのだろうか。高校の科学部の実験テーマとしては面白いと思う。ただし、強アルカリなので皮膚と目の防御が必要だ。
古代人は意外と簡単にガラスを作ったと思う。ガラスが上手く出来るポイントは、石英とアルカリ成分がよく混じり合うためのフリットを作ることにある。バンチェン土器のシャモット作りのノウハウが、カリガラスを発明したのである。カリガラスの製法はバンチェンからタイ中部のバンドンタペット等へ、そしてタイ南部に広がって行った。それは錫の鉱床と銅鼓の分布と類似している。また中国の雲南を通じて戦国時代の中国南西部に、またミャンマー(ビルマ)を通じてインドへと伝わったと考える。それはインデカの伝播ルートと重なって見える。
現代の米作りでは、一反の水田から10俵(600kg)の玄米と、稲藁678kgが取れる。古代において、一反に植える稲株は1/3で、一つの稲株に実る籾は1/3であったと仮定すると、古代の一反の水田から67kgの玄米と稲藁226kgが取れる。稲藁の灰分が18.7%、なので、稲藁灰は42kg取れる。その2/3からアルカリ成分を抽出すると、カリガラス約28kg(稲藁灰14kgと砂14kg)の原料が出来る。前漢の広西省合浦市出土の盤(口径12.7cm、高さ2cm)の重量は約200グラム。この盤1枚を作るためには、約3坪の水田があれば十分である。 古代において、稲作を行っている所では、そのノウハウさえ伝われば、稲藁を原料として、カリガラスを製作することが可能であったと言える。
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