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69-7.ワタカケル大王の時代の須恵器型式 [69.須恵器の型式をAIで判定する]

雄略天皇の和名は『古事記』には「大長谷若建命」、『日本書紀』には「大泊瀬幼武尊」とあり、「おおはつせわかたけるのみこと」である。埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した鉄剣の金象嵌、熊本県玉名郡の江田船山古墳から出土した鉄剣の銀象嵌には「獲加多支鹵大王」の銘があり「ワカタケル大王」と読めることから、雄略天皇を指していると考えられている。特に稲荷山古墳から出土した金象嵌鉄剣には「辛亥の年7月中に記す」とあり、辛亥の年は471年と考えられている。

 

Z383.稲荷山古墳須恵器.jpg稲荷山古墳からは、須恵器の坏蓋・有蓋高坏・はそう(Z383)が出土している。有蓋高坏の内で透窓がある8個の型式判定を行った。これらは個別の判定を行うのではなく、8個の測定値から平均値と標準偏差(σ)を算出し、“平均値±1σ”の値から、その範囲を満足する型式を抽出した。Z384の黄色の範囲で、有蓋高坏の型式はNo4~5(左上4-6,右上4-6,左下4-5,右下4-5)の範囲しか絞り込めなかった。はそうの型式はZ385に示すようにNo5(5-7,5-7,1-6,5)であった。したがって、稲荷山古墳の須恵器の年代はNo5のTK23(Ⅰ-4)と判定できる。TK23は460~489年であり、辛亥の年471年を満足している。なお、学者は稲荷山古墳の須恵器の型式をTK43(Ⅰ-5)と判定しており、ガウス曲線の判定と違っている。これは前節で述べたように、TK23とTK47は年代がオーバーラップしており形状が良く似ているためである。

 

Z384-385.稲荷山型式判定.png


Z386.埴輪・須恵器編年表.png有蓋高坏・はそうのガウス曲線の4図を見て気付くことは、何れの図も変曲点がNo5のTK23、No6のTK43にあることだ。このことは無蓋高坏・坏身にも起っている。Z386に見られるように須恵器のTK23・TK47の時代は、円筒埴輪がⅣ式期からⅤ式期に変わり、古墳時代が中期から後期に代わった時期である。古墳後期の特徴は、何んと言っても横穴式石室の登場である。須恵器の形態の変遷をあらわすガウス曲線は時代の大きな流れを的確に捉えている。


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