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63-3.『書紀』は二倍年暦を採用していない [63.『日本書紀』の編年をエクセルで作る]

Z216-1.日本書紀の編年.png『書紀』の編年データのインプットが完了すると、これからはデータを駆使して編年を明らかにし、史実をあぶり出す作業である。Sheet2のI列の先頭行に「記事数」の表題を入れ、各天皇の崩御の年の行のI列に「=COUNT(」と命令を入れ、「記事有」のH列を「崩御」の行から「元年」の行まで上方にドラッグして、Enterキーを押す。すると各天皇紀に記載された記事の数がカウントされる。なお、皇極天皇は「記事数」が「4」と手動入力する。I列をどこかの列に「値」のみ貼り付け、切り取りI列に貼り付け固定化する。

 

Sheet2でA列からI列をドラッグして「並び替えフィルター」の「ユーザー設定並び替え」を選択。「先頭行をデータの見出しとして使用」にチェックをいれ、最優先キーに「元年/崩御」を、次に優先キーに「皇紀」を選び、「OK」をクリックする。各天皇の「元年」と「崩御」の行が選び出されるのでコピーしてSheet3に貼り付ける。Sheet2は優先キーを「皇紀」にして整列し直しておく。Sheet3から表Z216が作成出来る。皇極天皇の在位4年、孝徳天皇の在位10年、天武天皇の在位15年は書き改めておく。

 

天皇の年齢については記載の無い場合でも、皇太子なった時の年号と年齢が記載されている場合があり、年齢が計算出来るようになっている。年齢の列の( )は計算年齢である。表Z216を見ると、年齢が百歳以上の天皇が12名もいる。この年齢が史実であるとは到底考えられない。しかし、魏志倭人伝に倭人の年齢は「百歳あるいは八、九十歳」とあり、文末注に「魏略曰く、その俗、正歳四節を知らず。ただ春耕秋収を計って年紀と為す。」の記述があることから、倭国の歳の勘定は、一年を春と秋とで区切る二倍年暦(1年で2歳)であったとして、『書紀』の編年を考える説が古田武彦氏により提唱され、それに賛同される方も多くいる。

 

Z217.春秋/夏冬同年記載.png四季を2分すると春・夏/秋・冬、あるいは冬・春/夏・秋である。もし『書紀』が二倍年暦を採用していたら、どちらの区分の仕方であっても、1年の間に春(正月・2月・3月)と秋(7月・8月・9月)は共存せず、また夏(4月・5月・6月)と冬(10月・11月・12月)は共存しないはずである。百歳以上の天皇について、同年に春秋・夏冬が記載されているかを調べ、表Z217に示した。『書紀』は同年に春秋・夏冬が多く記載されており、二倍年暦を採用していないこと判る。124代の昭和天皇の在位は62年で、欽明天皇以後では最長の在位年数である。『書紀』が記載する天皇には、昭和天皇よりも長い在位の天皇が8名もいる。年齢からみても、在位期間からみても『書紀』は歴史を延長していることは明らかだ。


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