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26A-9.イネ栽培化の起源地はスンダランド [26A.イネ栽培の起源地は何処か]

熱帯で育つ野生イネ・ルフィポゴンは多年生で、種子を作らなくとも成長し続けることが出来るので、普通は種子を実らせることはない。佐藤氏の著書「イネの歴史」には、種子をつけないルフィポゴンの株をポットで育てた話があり、「予想だにしなかったことだが、その株は次のシーズンにはたくさんの穂をつけ、多量の種子をつけたのだった。私たちはこれに仰天したが、植物学の教科書には、植物たちは、乾燥、低温、養分不足などのストレスにあうと、とたんに花を咲かせて種子をつける「行動」にでると書かれてある」と書かれてある。この現象こそ、人類が野生イネの実を食糧とした切っ掛けであると考える。 

上古から南宋に至る歴代の制度の沿革を記した『文献通考』には、「大中六年(852年)海陵・高郵両県(長江下流域)の百姓、官河中より異稲を漉得して煮食す。呼びて聖米と為す」とある。この「異稲」が「野稲」で野生イネとされている。「漉」(こす)の漢字からして、「異稲」の籾は稲刈りをしたのでなく、脱粒して河に漂っていたのを掬い採ったであろう。野生イネは脱粒性が高いので、完熟まで待てば脱粒していまい、脱粒前に刈り取れば未熟である。人類が初めて野生イネの実を手にしたのは、稲刈りでなく水中に漂う籾を掬いとることであったと考える。
 

人々が野生イネの実・米を食糧としたのは、多量の籾が採れたからだと思う。少量の籾ならば手間をかけて籾殻を取り除き、また土器を用いて煮炊きしなければ食べられないものを、食糧にしようとは思わなかったと考える。水辺に群生している野生イネ・ルフィポゴンは、普通は種子を実らせない。その野生イネがいっせいに穂を出し、花を咲かせ、種子を実らせ、そして脱落し水中に多量に籾が漂う現象が起こり、人々は初めて野生イネの籾を多量に手に入れる事が出来たと思う。その現象が氷河期の終わりの1万5千年から1万年前、海面の上昇で沈みゆく広大なスンダランド大陸に起こったと考える。
 

B50 スンダランド.jpg野生イネの籾を多量に手に入れた人々は、籾を脱穀・煮炊きすれば食べられること、また籾を乾燥しておけば長期に保存出来る食
糧となることを知ったのであろう。スンダランドの海面は徐々に上昇
したので、野生イネの実り現象は河上に向かって数千年続いたのかも知れない。その間に野生イネの籾を陸地に播けば、穂を出し、花を咲かせ、種子を実らせること、また野山を焼いて籾を播けば収穫が上がることを知ったと思う。これが焼畑による稲栽培化の起源であり、陸稲(おかぼ)・熱帯ジャポニカの誕生である。ルフィポゴンの子孫である熱帯ジャポニカが、多年草であるにも関わらず陸稲であるのはこのためであると考える。
 スンダランド(図50)がイネ栽培化の起源地であるとの考えは変わっていない。
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