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23-7.熱帯ジャポニカの起源はスンダランド [23.稲の起源はスンダランド]

B50 スンダランド.jpg熱帯ジャポニカのウルチの起源地のスンダランドを図B50に示す。この地で生れた熱帯ジャポニカの子孫がフィリピン・マレーシア・インドネシア・ベトナムの地に残っていたことも納得出来る。 スンダランドは、モーレングラーフ博士の海底の等深線にあるように、現在のカリマンタン(ボルネオ)島やスマトラ島から川が流れ、そしてインドシナ半島のメコン川やチャオプラヤ(メナム)川も流れ込み、大デルタ地帯であったであろう。 

佐藤氏はベトナムのメコンデルタ地帯や、スマトラ島パレンバンのデルタ地帯で、水辺に群生する野生イネ、ルフィポゴンを観察している。その群生の大きさは百数十平方メートルにもおよび、その群生の島に上陸したと書いている。このような群生はカリマン島でも見られるという。そして、これらの野生イネは、まったくと言っていいほど、穂を付けず実をつけないそうである。
 

デルタの野生イネのルフィポゴンは、多年生で茎を伸ばしてその節から分枝をだして繁殖しており、種子で繁殖することはしていない。これを栄養繁殖というそうだ。佐藤氏の著書「イネの歴史」には、種子をつけないルフィポゴンの株をポットで育てた話があり、「予想だにしなかったことだが、その株は次のシーズンにはたくさんの穂をつけ、多量の種子をつけたのだった。私たちはこれに仰天したが、植物学の教科書には、植物たちは、乾燥、低温、養分不足などのストレスにあうと、とたんに花を咲かせて種子をつける「行動」にでると書かれてある」と述べている。
 

B51 海面上昇.jpg2万年近く前、氷河期が終わった頃、スンダランドのデルタ地帯には、野生イネのルフィポゴンの先祖が群生を作っていたに違いない。その種子をつけない、ルフィポゴンの種子を人類はどうして手にいれたのであろうか。図B51に氷河期の終わりの海面上昇を示す。氷河期が終わった2万年前から現在までに海面は120メートル上昇している。この海面上昇により、スンダランドは7千年前に水没してしまうのである。
 

デルタ地帯に群生していたルフィポゴンは、海面上昇による海水の侵入にストレスを、それ以上の身の危険を感じたであろう。そして、いっせいに穂を出し花を咲かせ、種子を実らせたと思われる。海岸線の後退は毎年少しずつ奥地へと広がり、ルフィポゴンの実りも毎年あったに違いない。こうして人類はイネの種子、コメを多量に手にいれたのである。
 

約1万年前には、ルフィポゴンの種子を栽培する人々も出て来たと考える。ただ、ルフィポゴンは水辺で栽培すると野生に戻り実をつけない。陸地で育てはなければ実をつけないのである。ルフィポゴンの子孫である熱帯ジャポニカが、多年草であるにも関わらず陸稲であるのは、野生にもっとも近かったためであろう。
G(F)qSW5 Wx qSH1の陸稲である熱帯ジャポニカは、スンダランドで生れたのである。熱帯地方は雨が多く陸稲として育てやすかったのであろう。
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